クズといわれても笑う

定期的にブログタイトル変わります

ネットが現実と繋がりだしたら、そこはもう私にとってインターネットじゃない

ちょっと前にこのブログ読んだ。

nectaris.hatenablog.com

その前に、このブログが先に書かれてて、このブログも読んだ。

nectaris.hatenablog.com

これねー、本当に最近わたし、思うところがあって昔、ブクマコメントにも書いたりしたのだけど・・・。もうこれすごくわかるんですけど・・・。

 

本当に書きたいことはブログに書けないのはなぜだろう? と思ってよくよく考えてみると、やっぱり批判を畏れているからなんだよね・・・。

自分の頭では、絶対的に批判をよぶであろう、その事柄を、たしかに昔は誰も意識せずに、「クソがー!!!」と思って日記に書いてたりしてたんだけど、(例えば、学校サボって名探偵コナンを今まで出た巻をすべて読破してました♪)とか、今はそんな些細なことでも、ネットで繋がってる社会だから、例えばブログに書いたとして、誰かが観測してたら「あいつ、学校サボって名探偵コナン読んでたんだぜ・・・」「マジかよ、青山剛昌最低だな」みたいな流れになるじゃないですか・・・

だから、気楽に学校サボったー♪とか書けないし、社会人になって会社の人と繋がりだして「会社行きたくないでござる・働きたくないでござる」とか書けないですよ。

だから私にとって、ネットが現実と繋がりだしたら、そこはもう私にとってインターネットじゃないですよ、と。

この喋り方ひろゆきみたいですごく気持ち悪いなとおもって書いてますよ、と。

20年インターネットやってきて、学んだのは、私はインターネットを通じて現実と繋がってはいけない、ということです。

現実に繋がりだしたとたん、インターネットはただの現実です。

逃げ場でもなんでもなくなる。

現実と変わらず、仮面をかぶって、「そうなんですね〜それは大変ですね〜」と相づちを打つだけの世界になるんです。

今の時代の人達はネットと現実がうまく融合しているのが当たり前の世界にいたり、うまく適合出来る人たちは違和感を感じないんだろうし、うまく生きていけるんだろうなと思います。

私は自分自身が閉塞感を感じるだけであって、他人の書き散らした文章を読むのはまあ、たしかに好きではあるけど、それを求めることはあまりしないので、たまに面白い文章を見つけて「おっラッキー」くらいにしか思いませんが、ネットが現実化する世界は、私にとってものすごく生きづらいし、死にたくなります。

ネットは逃げ場所なんです。

匿名ダイアリーとかいう、増田とかいう、逃げ場所

だから、増田という場所で、たまに「どう思う?」みたいなのを書いて、クソ雑魚ナメクジとか、プリントアウトして病院いけとか、大脳の壊れたメンヘラとか言われて、フフ・・・とか安心するんですよ。

なんか増田だと、匿名の自分になれて、本当のことを書いてそれを叩かれても、なんかこう、傷を受けるしショックだけど、続けたブログで発生した乱闘試合よりも心おだやかでいられるのです。

私は少し前くらいに、どうしようもなく死にたい衝動に襲われた時があったんです。

死にたい衝動と死にたくない衝動に襲われて、どうしようもなくて、でも誰にも言えなくて。ブログにも書けなくて(理由を知ってる人がそこを見てる、闇の底があったから)、どうしようどうしよう、って泣きそうになりながら増田に書いたんです。

深夜1時くらいから書き始めて、何回も泣きながら書き直して、ああもうめんどくせー、どうせ誰もよまねーし、とおもって思い切って投稿したんです。

次の日に反応みたら、たくさんのブクマがついててびびったんです。

私のブログって、ほとんどブクマつかないんです。

特化型だしはてなユーザーほぼ皆無だし。逆に今はそれがありがたいレベルですが。おまけに共感性をあまり産まないし、話題性も逃げるし、斧投げられるの怖いから絶対に書きたくないとおもって。だから増田に書いた。そしたら増田のほうにブクマついた。

で、まずはトラバがひどかった。ひどくて、泣いて、笑った。

でもどうせ釣り、もっとがんばれおっさんとか、もっといい文章書けよ、とか。そこじゃねーよ! と思いつつ、次はブコメ開いたら、なんかいつも怖いはてなブックマークのコメントに、優しいコメント並んでた。

大脳の壊れたメンヘルとかよく考えなくても、言われてることすっげーひどいんだけど、プリントアウトして病院へいってこいって書いてあって、マジか、私、これプリントアウトして病院いくか・・・って本気で考えたレベル。

そこのブコメに書かれた内容を逐一読んで、自分にとって突かれて苦しかった意見も、休め、っていってくれるブコメも、こうしたらどうだろう?って140文字っていう短いブコメ欄を使ってアドバイスしてくれるはてなユーザーがいてくれて本当よかったって、あのとき増田に書いてよかったって思うんですよね。

そのとき、きっと増田に書いたのは、増田なら「誰も読んでくれない」という絶望と、「誰か読んでくれるかも」という入り混じった期待と不安からなんだよね。

だってほかにどこにこんな内容書けばいいんだよ・・・きっと相談したかったんだろうな、誰でもいい、誰かに聞いてほしかったんだろうな、結局は・・・って思います。

でもそれを自分のブログで日記のように書いたら色々バレちゃう世の中なんだよね。

でも自分のブログに書いたら自分語り乙とか言われないし、自分だけの場所なんだよね。

自分で物事を表現することを恐れる人が増えた気がする

だから私みたいにクソみたいな文章を書く人間が1人いるだけで、このブログには自分の言いたいことが詰まってる、代弁してくれてる、と思われてしまうのだと思う。

本当はみんな、アニメやゲームに限らず、自分が好きだと思うことを存分に語りたいのに、それを語る上で、誰かからの眼差しを感じたときに、無意識に誰かを傷つけたり、人を転ばせたり、不快にさせたりするのではないか? と、それを恐れて言えないことが自分のいるジャンル界隈でよくおきる学級会とか、追及とかを見てて、よく思う。

私もTwitterのフォロワー数が多くなっていって、若干アイドリッシュセブンの問題に触れたときに燃えているのを実感した。フォロワー数が多い人は、発言に影響があるので、発言に気をつけてくださいね、と心配された(色んな意味で)のですが、私は宗教でもおこしたの? とか正直思った。

で、そのあとPCデポ事件でヨッピーが似たようなこと言われてて既視感あるなぁ・・・と思いました。

そして、それから一生懸命多方面にめちゃくちゃ意識して、誰も傷つけないように、傷つけないようにって配慮しまくって書いた。後から読み直してめっちゃ傷つけてるな、って思うので反省はしてます。

キャラクターの名前とか誤字っただけで発狂とか、比較対象するためにいれた他作品の名前を挙げるだけで、そっちの界隈がブチ切れるとか、もうすごかった。怖かったけど、でも書きたかったので書いた。

で、分かる人にはわかったようで、わからなかった人には、なにいってんのこいつって感じで収束しました。

ソレを見て思うのは、まあ、ブログでもなんでも、読んだ人全員に理解してもらえるなんてことは無理なのだろうな、と。

「胸に響きました」って人と「なんだこのクソみたいな海苔みたいな文章」って言ってる人が両方でてきて、「うーむ」って唸りました。

結局立場的に、オーディエンスってどっちかを殴る方に回って欲しいんですよね、わかりやすい勧善懲悪じゃないですけど、中立の立場で物事を書くと軸がブレるし、言いたいことが伝わらなくなるな、って思いました。

でも私は基本どっちの言い分も理解したいし、ナンデこの人こんなこといってるの?って思考回路を色々紐解くのが好きなんです。

多数決の世界で少数派がボコボコにされてたら、「少数派だからボコボコにされてる」だけで思考停止しないで、「なんで少数派なのか」「どうして理解しあえないのか」を考えてみたくなる。

アイドリッシュセブン問題のときに、はじめてTwitter上における愚痴垢(愚痴だけをいうアカウント)の存在を知ったけど、普段繋がってるアカウントじゃあ吐き出せないって、インターネット上でも仮想現実の自分を作り出してしまうことで、居心地が悪くなってしまうってことなんだな、としみじみ痛感した。

それまでは愚痴垢じゃなくて本垢でやれって思ってたけど、それができない背景はきっとこういうところにあるんだろうな、と。ただ本垢の人に、愚痴垢でふっかけるのはやっぱり対等じゃないと思うので、何かを議論したいときは、互いに匿名でとことん殴り合うか、互いの立場を表明した上で殴り合わないと、本質的に殴り合いの視点が異なってしまうなーとは思った。

あと私は殴り合いや議論がやっぱり苦手です。動悸が起きるし、怖くなる。本当に手が震える。理解し合おうとかかっこいいポーズは取るけど、実際自分に矛先が向けられるとCHICKENなのですぐ逃げます。

そして最後に言います思います「わかる人だけわかってくれればそれでいいや・・・」と。

そんなインターネットで生きるのが生ぬるくて好きなんだと思います。相手をわからせるまでボッコボコに殴り続けるインターネットより、分かる人だけわかってくれればそれでいいかな・・・みたいなぬるいインターネットが好きなんだ、と思います。だから黒と白でわけたり、そういうのが苦手なのかもしれない。

何かを批判すると、とたんにブーメランになって帰ってくる

人間なので皆ブーメラン投法を学んで生きているんだと思います。

私は誰かを責められるほど美しい生き方をしていないので、その人の人生をまず否定することができません。

そして揚げ足をとられることをかなり恐れているので踏み込めません。だから批判に頭から突っ込んで行ける人たちはすごいなーと思うし、ブーメランの投げ合いで後頭部にブーメラン突き刺さる人たちの乱闘パーティは、ほらみてごらん・・・将来の私だよ・・・と言い聞かせながらブログを続けるしかないです。

インターネット怖すぎ無理。

だったら楽しいことだけをブログにかいていきたい・・・あとすげーくだらないこととか。「おかしいぞ?」という問題提起が「ブーメラン」になるのは怖い。心躍る内容がいい・・・。

燃え尽きた灰になったキュレーションサイトについても触れていきたい

最近の話題の炎上キュレーションサイトは確かに嫌いだったけど、情報をまとめるという意味では役に立つ場面もあった。多くはゴミだけど。そして沢山の人を怒らせてしまった。実際に引用された人だけでなく、閲覧者にも不快感を与えてしまった。

インターネットを好きな人であれば、まずでてこない方法での検索結果汚染だな、と私は思う。

インターネットを「仕事」としてみている人だったら、こんなことがこんなふうにお金にかわるんやで^^やらなきゃソンソン♪ってホイホイやるんだろうなと。

そういう会社に2社ほど入った経験があるけど、そういう思考回路の人ってすぐわかる。

そしてそういう人たちって、「法的には問題ない」って必ずいう。

法的には問題ないって自分がいうってことは、モラル的には問題あるって認めてるってことじゃねーか、と、どこかの会社で上司にいわれた経験がある身としてはやっぱそういうポリシーのひとたちとは相容れないナ、と思いました。

弁護士や警察にまで相談して、「問題ないですよね?」って確認する時点で、それって誰かに胸を張って言えることじゃないってこと、気づいて欲しい。

色々話がとっちらかってしまったけど、いいたいことなんて大体ない。なのでおしまいです。

どうもありがとうございました。

水出しのお茶を作るのに新しいボトルを買った

前回の米の話に続き、お茶の話です。

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お茶をがぶがぶ飲みたいので、2L入るどこでも売ってるお茶ボトルを使っていたけど、がぶがぶ飲みたいのに結構お茶が残る事が増えた上になんかおいしくなかったので、お茶ボトルを変更した。

750ml入り、デザインにもよさがある。

何より、キャップがコルクを抜くように、ポンッと抜くのがよい。

茶葉をぼわっとボトルにぶちこめば、フィルターが中に入っているので、茶葉を残してお茶を注げる。ただし細かい茶葉は普通に出てくる。そんなときは茶葉ごといただく。

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面倒くさがりなので、水出しである。

昔はやかんでお茶を煮出していないとなんかおいしくないという概念があったが、お茶に詳しい弟が遊びにきたときに水出しでも十分おいしいというので水出しを今は受け入れている。うまい。

大体750mlのお茶を1日で飲みきるので、夜に飲み終えたら、またお茶を作っておく。

そうすると、不思議なことに、朝、お茶が復活している。

病気の関係で握力に衰えを感じる今日このごろだけど、ペットボトルのように回してあける必要がないので、まだ開けやすい気がする。

ただしガラスなので(しかも薄い)洗ってるときに粉々に割りそう。

アイスコーヒーも作れる。

夏になったら追加で買って試して見たいと思う。

フルーツティなどもよい。夢が広がるし、冷蔵庫の見栄えも良い。

良い買い物だった。

 

 

ごはんの鍋(土鍋)でお米を炊く習慣

昨日くらいからずっとお米の話をしている。

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米はとてもおいしいが、最近は糖質制限ダイエットのせいで米は食べない方がよいてきな雰囲気をとても感じる。

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米におこげができると、おせんべいのような匂いがしてとても香ばしくおいしいのだが、1合でこれだけおこげができるともちもち部分が結構少なくなる。難しい。

これはごはんの鍋とよばれるかもしか道具店の土鍋である。

他に、HARIOから出ているおしゃれな鍋もあり、数年前から気になっていたのだが、なにしろ高い。透明なところからお米がどのように炊けるのか見えるというのはすごく魅力的だったのだが、高いので諦めた。

ちなみに今回1合用のお鍋を買った。正直1合では足りないときもある。だが、このごはんの鍋で炊くと、色々な工程を経て炊いているので愛着があり、お米を追加しようという気分にならない。

ただしカレーのときは明らかに1合では足りないので炊飯器は常備してある。

お米の炊き方

土鍋でお米を炊くと炊飯器より時間がかかる。

  1. お米を研ぐ(5分)
  2. お米を吸水させる(20分)
  3. お米を沸騰させる(1合であれば早くて5分か)
  4. 蓋をして火加減を調整しながら炊く(12分〜15分)
  5. 蒸らす(12分)

まあ、大体約1時間かかるわけだが、1時間だし、休日や、朝早起きして美味しいご飯を食べていこうとする習慣づけにはよさそう。

ちなみに味音痴なので、炊飯器とどう違うのか? と聞かれると、「お米が甘くなる」というくらいのことしかわからなかったのである。通っているとんかつ屋さんのごはんの方が自分で炊いたのより数倍おいしいのが真実である。

色んなお米を食べてみたくなる

雑貨屋さんにいって、「高けぇ〜な」と思いながら似たような安いものを探すのが習慣づいてきた今日この頃ですが、なぜか雑貨屋に米が置いてあった。

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美味しいお米の定期便、というらしく毎月送られてくるらしいが、毎月もいらないので、試せる分だけの2合、ということで、ゆめぴりか、つや姫、色々ある中でコシヒカリを選んだ。これだけで300円以上する。高い。

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コンロ汚すぎてお米に目がいかないといわれた写真です。汚いですね。皆さん、どうかお米を見てください。どうしても吹きこぼしてしまうため、沸騰するまで蓋を開けている。

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沸騰したら、蓋をする。そして、弱火にして12分の間、カタカタカタカタともののけ姫のようにコダマのように蓋が鳴る。そして溢れ出す。ぶんぶぐ茶釜。失敗するとこれが滝のように流れてコンロごと死亡する。

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炊きはじめて2回目で、お米の匂いで大体どんな状態かわかるようになってきた。どうも水が少ない気がしている。1合(150g)で200ccの水をきっかり計りつつ、タイマーも使っているのだけど、どうも突き刺さるおこげができる。

ので、次回は水を少し増やしてみたり、火加減を調整したり、自分だけのワガママお米ボディを作り上げたいと思っている。

このおひつのまま電子レンジにかけたり、冷蔵庫保存できる

便利だが1合ぺろりと食べてしまうので、冷蔵庫保存までに至れない。

1合では足りないが、1合炊きがどうしても炊飯器ではうまくできなかったので逆にありがたいごはんの鍋だった。

皆さんもおいしいお米を食べましょう。

人の死が身近すぎる

普段全く連絡がこない親戚あたりから留守電を残されると嫌な感じしかしない。
国立がんセンターみたいなとこにいるから、顔だけでも見に来てほしいといわれたのだけど、死の匂いがしたので逃げた。
病室に入ったときの、終わりに等しい空気に満たされた匂い。
規則正しい機械音がする病室でわたしは学生時代ずっと本を読んでいた。

結局会いにいかなかったのだけれど、頭の隅でそのことがずっと残っている。
観念して葬式はいったのだけど気分悪くなって車の中でずっと横になっていた。
最後に顔をよく見てほしいと頼まれてみたけど、めちゃくちゃに痩せていて誰かわからなかった。
10年くらい会ってなかったのでわからなくても当然だ、と思いつつ、はあ、とため息をついた。

残った家とか、遺品整理とかしなくちゃいけなくて、ああだこうだと、結局環境まで変わる事になっていなくなった人、やらなければならないこと、たくさんあるのに変わらずアニメ見て笑う自分が時々嫌になる。何にも変わらずたのしいたのしいとつぶやき続けるあのTwitter はやはり現実からの逃げ場所だ。

会いに来て、という言葉が会いに来てほしいという本人からのたっての願いならあるいは、と思いつつ、そんなことをいう人ではなかった、とまた憎しみを思い出しながら、哀しめない自分が悲しい。

きっと全てを知る人ならわたしのしていることがいかに不誠実で常識はずれなのか、もしくは、それで当たり前だといってくれるのか、などと考えながら、ちょっとしたことで責められる気分になってしまってコップから感情の水が溢れ出しそうだ。

死とは現実から逃れるだけではなく、現実からの解放なのかもしれない。

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駅乃みちか問題から見る情報フィルタリングの話

b.hatena.ne.jp

最近のとぅぎゃったーは最初のコメントを見るだけでお腹いっぱいになるな。

何かを提言したいとか、こうあるべきとか、そういうのではなく、こういう事象を通して自分が何を考えるかの文字表現の場としてブログなのであしからず。

自分はアダルトとかエロとか、男性向けの18禁ゲームとか好んでやるほうではあるのだけど、それでも性的嗜好に好みはあるわけで。

駅乃みちか問題は、なんていうか、あれでダメなのかーと思いつつ、だったらたまに電車広告にある際どくおっぱいが強調されてる広告はいいってことなの?っていったらよいというわけでもなさそうな。

欲しい情報を、選り好みして拾ってくるのってすごく大変

駅乃みちか問題とは直接関係のない話だけど、少し前に、Twitterでエロテロリストアカウントとしてブロッコリーグッズ公式のアカウントをミュートしたのだけど。

ブロッコリーグッズ公式 (@broccoli_goods) | Twitter

ブロッコリーグッズ公式とは、中の人ともなんかあんまし相性よくなくて。

交流なんざ一切してないのに相性よくないとか一方的に思っちゃうのなんか終わってるよね。

公式アカウントだけフォローしてればいいというわけでもなくて。
ブロッコリーグッズ公式みたいに、うたプリの情報が欲しいだけなのに、やけにエロエロしい肌色の商品情報をTLで埋め尽くされるのはやっぱり違うんよ。

とくにブロッコリーグッズ公式はいちいち1ツイートで商品紹介するのが・・・私も大概140文字で収まらないクソツイをするのでお互い様だな・・・と思いつつ、ミュートさせていただいた。

どういうツイートをしているのかは自らとぅぎゃったーでまとめらっしゃるので、このあたりを見ていただけるとわかると思う。

togetter.com

私はGirls Dead Monsterが好きで、ゆりちゃんもすきで、麻枝准が好きで、わりとにわかな鍵っ子で、Angel Beats!も楽しく見させていただいたんだけど、

 TL上がこういうので埋まった時点でもう無理、さようなら、ゴーミュートゴー!ミュート!って感じでミュートにした。

これはこういうのも好きな人がいるので、そういう人たちに対する他sageになるのかもしれない? と思いつつ、性的嗜好による好みの選り分けはさせてくれよ、と。

でもそれを果たして口を大にして「うわー、だめだわエロだめ無理」と口にするのは誰かを傷つけるのか、とか、口にしない方が正しいSNSの利用方法なのか、とか、もうわけわかんない。とりあえず。

マンガとかアニメの好きなキャラクターの悪口は不用意に言う必要がないと憚るとして、エロやBLとかは、人を選ぶだろうから苦手です、地雷です、って自分から自ら避けていく行為は公言して憚られないというべきか?

自分はTwitterをたくさんフォローいただくことが多いのだけど、情報収集のためにフォローさせていただきましたと声かけてくださる方が多い。

やっぱり自動的に自分の好きなものだけを集めるって難しくて、少しでも趣味嗜好が似てる人をかき集めてフィルタとして活用したり、ウォッチ対象として眺めたりしつつ、SNSでは心地良いさいきょうのタイムラインを作れるのに、公共の場といわれる駅のプラットホームでは、自分の趣味嗜好にそぐわない駅乃みちかがモジモジしながらトイレを我慢しているのが気に入らん、とかそういう話なのか?

ちなみにエロテロリストにTL埋められてからは、Twitterは検索機能で特定公式アカウントで特定単語だけひっかけて、新規ツイートがあったら、それをSlackにpostするというフィルタリングで見ている。

ただやっぱり、TLで読まないと、取得漏れ多いんだよね。どうしたものか。オタクは常にTwitter上で高度な情報戦を強いられているから困ったものです。

さて、話を戻して、最初に書いたとおり、男性向けの18禁ゲームをやったり、女性向けの乙女ゲームが好きでも、エロ同人誌を持っていても、公共の場というべき場所でそれを出すのはやっぱりそれはどうなんだ・・・、というか、自分のTL上にそれをもってくるのは違うな、と思うから、理屈や理由もなんとなくわかるけど、目に入ってしまうのは、まーしゃないな、としか。

我々は人間なので、それぞれ好き嫌いがあって、皆それを折り合いつけながら生きているのではなかろうか。

歩いてる足を無理やり止めさせられて、「この駅乃みちか、どう思う・・・?」って、押し付けられたら、嫌悪感なんかもって見てなかったのに、「すごく・・・萌え絵です・・・」って答えちゃうだろうし、そこで初めて嫌悪感を抱くレベルだけど、壁に掲示されているだけなのだとしたら、私の視線からは外れるので駅乃みちかは全然我慢できる範囲内であることをひとまず明記しておこう。

ちなみに駅乃みちか問題についても、私が勝手にネットでざわざわしているのを拾ってきて、勝手にウフフ・・・私ならこう思うな☆って勝手に書いているだけだと思っているので、ネットって総じてそういうものだし、ネットから飛び出して、実世界の広告としての駅乃みちか、と考えるとしたら、また見方は変わるのだろうか? とか考えちゃう。

エロマンガ広告まみれ

少し前に話にあがったエロマンガ(今は鬱マンガ)広告まみれの話とか、そのあたりも思い出す。

togetter.com

今はエロマンガ広告まみれ時代から、鬱・トラウマ漫画広告まみれの、世は大トラウマ刺激マンガ時代に変わったけど。
こんな広告ばっかり出すってことはそれだけ需要があり、効果があるってことなんだろうな。

あと、メルマガなんて私は一切読まないから機能として殺そうって話をしたときに、効果測定したらメルマガの売上スゴイ・・・じゃあ読んでる人もおるのか・・・って自分視点からだけじゃわからないこともあったりするしね。

ここはまったく関連性のあるようで関連性のない話なので読み飛ばしてください。読ませておきながら、読み飛ばせという突然の暴力です。

結局は、エロエロしいおっぱい丸出し痴女萌え絵があふれ出すのはいかんでしょ、とは思いつつも、「駅乃みちか」から感じるナニカについては、言われてみれば、ああそうね、と思ってしまうからそれが悲しい。

自分だけが良さをわかっていたい

もう1ついうと自分の考え方として、自分の好きな物がだんだん市民権を得ていく恐怖というのもある。

確かに色んな人に愛されて支持されるべき国民的なナニカになってくれるのは、すんばらしいことだと思うけど、どこか頭の隅で「自分だけが良さをわかっていたい」と思ってる。

新参古参、にわか乙、とかいう話とはまた違うのでニュアンスがとても難しいんだけど。

例えば、「うたの☆プリンスさまっ♪」が国民的アニメになって「ドラえもん」みたいな受け入れられ方をしても、なんか違うなと思うし、 二次元男性アイドル界の伝説になって欲しいと思いつつ、色んな人の手に届いてしまうことで、逆に遠くへいってしまうような、なんていうかオタクだからなのか知りませんけど、ものすごい独占欲みたいなものを感じてしまうんですよ・・・。

たくさんの人に愛されて、たくさんの人に愛を届けるべきアイドルなのに、ここにいてほしいって両肩をガッてつかんで無理やり座らせたくなるんだよね・・・。
マジLOVEレジェンドスターっていうアニメが今そんな感じで揉めてるので興味のある人は見てください。4期かつ途中からだと圧倒的に意味不明だと思ったのですが、1期から見ても、圧倒的に意味不明だったのでオススメしたかったけど、オススメしたくないな~(なんだこの感覚)

そして、エロじゃないとしても、公共の場で二次元絵どーん! されると、あれ;これ大丈夫かな;;;とかいう謎の深層心理が働くのって、上述したような考えあるのではないかと思いつつ・・・。

この駅乃みちか問題で違和感を持つのは、めちゃくちゃ後ろ向きの方面で物事を大きく捉えられているから、なんだか悲しいってことなのかな、と。

理解されないもっとも身近な存在、それは家族

同じような環境に育ってきたはずなのに、あんなに一緒だったのに、親兄弟には全く理解されない趣味嗜好もありますからね。

あんなに一緒だったのに

あんなに一緒だったのに

  • See-Saw
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 いまだにきっもwwwとか言われることもあったりするので、なぜだろうね、二次元というものは、そういうものだ、という刷り込みが歴史上にあるのか、教科書に書いてあるのか知らないけど、二次元だからマウントとっていいみたいに、親や年上の兄弟は思ったりもしていた節があった気がする。

歴史とか教科書の話も絡めて考えていたら、同じような言及をされていた方がいたので、こちらのお話を読んだりすると、頭で滞っていた血流の流れがよくなりそう。はい。

honeshabri.hatenablog.com

アニメ・マンガ・ゲーム好きは総じてバカみたいな括りを肌で感じる学生時代をすごした身としては、今のネットと融合して春アニメ・夏アニメ・秋アニメ・冬アニメとか、アニメで春夏秋冬を感じるのって何だよ!?、今期はナニ見てる~??? とか何だよ!?、わけわかんねーよ、みたいな時代の流れに全く乗れてない感を日々感じております。

ネットだってやれる人だけがやる世界だったはずなのに、今やほとんどの人がネットに繋がってるのだって、革新的すぎて、全員並列化で繋がって人類は電脳化したのでは? とか思っちゃうレベルです。

そんな進化全然してないけど。むしろ原始時代レベルだけど。

ただの愚痴や殴り合いがネットという場に移っただけで、社会の縮図の繋がり方が違う方面から切り取って見えるようになった、というだけなんだよね。きっと。
人間はずっとおんなじことを繰り返している。場所を変え、手を変え品を変え。

この界隈はこの界隈で、わかる人だけがわかって楽しんでいたい、閉鎖的でありつつも、新鮮な空気は取り入れて換気しながら楽しんでいきたい、みたいなのはあるんだよな。

お互いを理解する努力はしたい

別に万人に理解されようなんて思わないけど、理解されないからといって、周りを刺激しながら、全方位型火炎放射器みたいに周りを焼き尽くしつつ盛り上がるのも、結局燃え尽きた後に残るの一体ナニ? みたいな話になると思うから、お互いの住みよい場所を探りつつ、互いに配慮しながら、公共の場に掲出されたりするアイドルアニメの広告展開を、「わぁすげぇな! アイドルだなっ!」って思いながら、今日も明日も、きっとこれから先も、私は見に行く。