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メメント・モリ

いつか必ず死ぬことを忘れるな

人の死が身近すぎる

普段全く連絡がこない親戚あたりから留守電を残されると嫌な感じしかしない。
国立がんセンターみたいなとこにいるから、顔だけでも見に来てほしいといわれたのだけど、死の匂いがしたので逃げた。
病室に入ったときの、終わりに等しい空気に満たされた匂い。
規則正しい機械音がする病室でわたしは学生時代ずっと本を読んでいた。

結局会いにいかなかったのだけれど、頭の隅でそのことがずっと残っている。
観念して葬式はいったのだけど気分悪くなって車の中でずっと横になっていた。
最後に顔をよく見てほしいと頼まれてみたけど、めちゃくちゃに痩せていて誰かわからなかった。
10年くらい会ってなかったのでわからなくても当然だ、と思いつつ、はあ、とため息をついた。

残った家とか、遺品整理とかしなくちゃいけなくて、ああだこうだと、結局環境まで変わる事になっていなくなった人、やらなければならないこと、たくさんあるのに変わらずアニメ見て笑う自分が時々嫌になる。何にも変わらずたのしいたのしいとつぶやき続けるあのTwitter はやはり現実からの逃げ場所だ。

会いに来て、という言葉が会いに来てほしいという本人からのたっての願いならあるいは、と思いつつ、そんなことをいう人ではなかった、とまた憎しみを思い出しながら、哀しめない自分が悲しい。

きっと全てを知る人ならわたしのしていることがいかに不誠実で常識はずれなのか、もしくは、それで当たり前だといってくれるのか、などと考えながら、ちょっとしたことで責められる気分になってしまってコップから感情の水が溢れ出しそうだ。

死とは現実から逃れるだけではなく、現実からの解放なのかもしれない。