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メメント・モリ

いつか必ず死ぬことを忘れるな

消費者はどこまで企業側の事情を忖度しなければならないのか

前置きをしないと怒られる世の中のため前置きしますが、

  • 個人的な見解であり、個人の主観です
  • 様々な事例があり、ケースバイケースによってその是非がわかれることは多いと思います
  • 意見が違うからといってその人に意見を変えていただきたいという内容ではありません
  • 自分が考えていることを文章化して整理していると思ってください。何かを訴えたいわけでも議論したいわけでもないただの感想ですので。
  • ただの雑記が面倒くさいことになったら消します。ご了承ください。ないとおもうけど

UPQが話題ですね。

【ニュースの視点】UPQはディスプレイの仕様誤記についてどう対処すべきだったのか ~ものづくりの姿勢に関する大河原氏、笠原氏、山田氏の視点 - PC Watch

私は全面的にこちらの PC Watch に掲載された大河原氏、笠原氏、山田氏の意見の方が読んでいて心地よいため、こちらに頷いてしまいます。

たとえ自分がUPQ社内の担当者としても、ギフト券2000円はいかんでしょと心の中で思うと思うのですが、それを断行したということは、それもいたしかない何かの事情があったのか? と逆に考えてしまいます。

私がぶちあたった返金問題については、すべてを時系列において何があったか明確に書き出さなければどちらに非があるか、また先方の企業側の言い分もなければフェアな書き方にならないと思っていますので、あえてそれを書きません。

それに人は無意識に自分が有利になろうと自分が不利な状況は書き出さない事があると思っています。

自分と先方でお互いに「こうだったね」と状況確認して出せるなら別ですが、私が一方的に自分の立場から書き出すのはフェアじゃない、と思うけれど、私は自分が受けた対応については納得いかねーなと思ってしまうのでそれは「人間なので」つぶやいてしまいます。

それが個人間企業になったときのフェアではない部分ではあると思うんですけどね。

企業は全体のことを考えていかなければならず、個人は一方で自分自身とその周りだけを考えているので背負っているリスクが違います*1

この時点で私は消費者として、十分に企業側の事情を省みていると思うのですが、この企業側の事情を察しろみたいな強制力最近多すぎません? というのが最近の自分の人生における感想です。

  • 対応する企業側の負担も考えるべき
  • そもそも日本人は会計内容信用しすぎ
  • 人間なんだから間違える
  • 不慣れなアルバイトや派遣がやっている仕事に文句を言うのは間違っている
  • 商法自体にケチをつけるな、それしか売れないんだから
  • 何を売っても文句言うんだから、もう買うな

最近自分が受け取ったこれらのありがたいご意見に関しては、なるほどね、と思うことはあるのですが、この方々は消費者に対してこの通りお伝えしているんでしょうか。

消費者が手違いがあったようだ、返金して欲しい、この方法ではなく別の方法はないかとお願いや要望を送ってきたときに、

「弊社も(例えば)返金するのに手数料や負担が大きいので返金しません」

「日本人は会計内容を信用しすぎなので、次回は疑ってください」

「人間なので間違えます。ご理解ください」

「弊社アルバイトと派遣は非常に不慣れですので、こうなります」

「この商法でしか売上が成り立ちませんので、文句があるならお買上げご遠慮ください」

とお伝えしているんでしょうか。

すべて定型文で「貴重なご意見ありがとうございました(できません)」みたいな感じで返信や返事をしているんだろうな、と思いますが。

消費者側はこの「貴重なご意見ありがとうございました(できません)」に込められた内容が上記で箇条書きした内容であることを必死に忖度しなければならないご時世になったとしなら、生きづらい世の中になったものだと思います。

結局、これが本音なんだろうなぁという気持ちでいるのですが、はたして消費者側はそういった企業側の本音の事情をどこまで理解する必要があるのか、ということに「はて・・・」となってしまいました。

最近の、物販に関する不満や要望に関してだって、「お前ら何やっても文句いいすぎ」なのはわかります。でも実際「満足してないんだから不満くらい言わせてください」というのもわかります。

私は満足できていない部分があるのなら、そこを聞かせてくださいとは思うのですが。

とくに私が主に関わっているジャンル部分で言うなら、顧客満足度というものは、「ジャンル自体が続くこと」を目標に見据えていて、その場で発生する不満点に対しては、後手後手になっていて、「ジャンル自体を続くこと」「ただ新しいことをやり続けること」と誤認していて、新しいことをやるにあたって、そこで発生した不備を置き去りにしている感が否めません。

そして、大体不満点を述べている人は「次回」も見据えているということですよね。

さらには、当事者となった人たちが多いのです。

人は当事者にならなければ、それがどのような苦痛で悲しい出来事であったか今いち理解できないのかもしれない、ということは、自分自身今回の経験したことでわかりました。

自分が当事者ではない人たちにとって漏れ聞こえる不満はただのノイズにしかなりません。

不満を聞いて「気持ちイイ―!」となる気分になる人もいるかもしれませんが、大体は不快になるでしょう。人の愚痴も聞いてて「楽しイイー!」となる人もいるかもしれませんが、明日も頑張ろう☆という気持ちにならないと自分自身はそう思います。

その場限りでその場を過ごせる人や、自分が当事者じゃない時に聞こえる不満、自分はどうでもいいことに対して人が思ってる不満は「うるせぇな」と思うこともあると思うのです。

「えっ? そんなことを気にする?」みたいな内容の不満を言う人もいます。そういう小さな、その人しか感じ得ないだろう不満をすべて救って解決するというのは、大変困難なことであり、すべてのバランスを見つつ取捨選択を迫られる場面ではあると思います。

ただ、このように企業側の事情や事業内容も考えて欲しいということをよく言われることに対して、どこまで考えたらいいの・・・予算と人件費と売上がたりなさそうってところまでこちらで調べて、「じゃあしかたないよね」って要望を言うのはもう控えたらいいの、とも思ってしまいます。

企業側は「ご意見ご要望がございましたら」といって窓口を設けているのはあれは一体何、とも思ってしまう。

今までは本来、企業対個人でのやりとりだったものが、SNSなどが広まったことによって、全体の不満として蔓延するような時代になってきたからこそのアレなのかな、とも思います。

 

様々なパターンがあり、様々な事情があり、様々な理由や原因、背景がある。

そこだけ切り出して語るということはできず、すべての事例において「こうしたほうがよかったね」「こうすればベストだったね」と、完璧なものは最初からなくて、次はこうしていこう、というものを生み出せていければと思うのですが、こういう意見が寄せられる度に、ではよくしていくという行動はやめたらいいのか、何をしたら「全員満足」するのか? それは理想論です、と言われたら「じゃあ理想論だしそういうの考えるのやめよう」という姿勢で何かを続けていくべきなのか、とか、そんな心が宙ぶらりんになる今日このごろです。

*1:それでも個人でも取り返しのつかない状況になることは多々ありますが